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東京高等裁判所 平成4年(ネ)1316号 判決 1992年7月29日

控訴人

大和自動車株式会社

右代表者代表取締役

新倉尚文

控訴人

図師忠行

右両名訴訟代理人弁護士

永島寛

被控訴人

内田剛隆

主文

原判決を取り消す。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

事実

一  控訴人らは主文同旨の判決を求めた。

控訴人らの主張は、原判決「事実及び理由」の一の記載のとおりであるから、これをここに引用する。

二  被控訴人は適式の呼出を受けたが本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。

理由

一本件は、控訴人らにおいて、平成三年九月十六日控訴人図師忠行が自己の運転する自動車で道路を走行中、歩行者横断禁止場所で横断歩道外を横断していた被控訴人に自動車を接触させた事故につき、同控訴人が民法七〇九条により、控訴人大和自動車株式会社が自動車損害賠償保障法三条により、それぞれ被控訴人に対し損害賠償責任を負うことを前提として、控訴人らの計算に基づく損害額によれば過失相殺及び弁済により控訴人らの損害賠償債務は消滅したとして、被控訴人に対し本件事故による損害賠償債務が存在しないことの確認を求めるものである。

そして、控訴人らの主張によれば、控訴人らは被控訴人との間で円満解決を目指して交渉をしてきたが、被控訴人は控訴人らに対し本件事故による被控訴人の損害賠償請求債権が多額にある等と主張して全く応じようとしないというのである。

事実がこのとおりであるとすれば、控訴人らと被控訴人との間には、本件交通事故による損害賠償債務の存否をめぐって争いがあることになり、本件債務不存在確認の訴えにつき原則として確認の利益を肯定すべきである。

仮に右確認の利益の有無につき争いがあるのであれば、裁判所としては、当事者に対し主張立証の機会を与え審理を尽くしたうえでこの点につき判断すべきである。なお、確認の利益の有無は口頭弁論終結時の状態において判定すべきものであることもちろんである。

しかるに原審は、被告(被控訴人)欠席の第一回口頭弁論期日において弁論を終結し、確認の利益に該当する具体的事情につき原告ら(控訴人ら)が主張、立証をしないとの理由で本件訴えを却下した。

原審の右判断は是認することができない。以下、原審が理由として示す点について検討しつつ、若干付言することとする。

二交通事故による損害の賠償責任につき、被害者と加害者(運行供用者を含む。以下同じ。)との間で、責任の有無、損害額、被害者の過失の有無、程度等をめぐる争いがあって、訴訟以外の場面での解決の見込みがない場合には、被害者の側から損害賠償請求の訴えを提起して訴訟による解決を求めるのが普通であるが、被害者の側が何らかの事情により訴訟を提起しないため争いが未解決のまま残されるときは、法律関係が不安定のまま存続することになるから、このような場合には、法律上の地位の不安定があるものとして、その不安定を除去するため、加害者の側から損害賠償債務不存在の確認を求めて訴えを提起することが許されてしかるべきであり、これを不可とする理由はない。この場合の審理は、通常の交通事故による損害賠償請求訴訟と比べると、対立構造が逆になり、被害者である被告の側に、責任及び損害につき主張、立証させることになるが、審理の範囲、内容は異なるところがなく、この訴訟における審理を通じて当該交通事故による損害につき、加害者の責任の有無、損害額、被害者の過失の有無、程度等が確定され、確認を求められている債務の存否をめぐる法律上の地位の不安定が既判力をもって除去されることになる。

ところで、損害額の認定につき裁判所に裁量的な判断の余地があることは、この種の訴訟が被害者の側から積極的に提起された場合と加害者の側から消極的確認訴訟として提起された場合とで異なるところはなく、また、対立する当事者の間で損害額についての主張が異なるのは、必ずしも損害額の認定につき裁判所の裁量の余地があることと直接結び付くものではない。原審は、損害額についての裁判所の裁量、ひいて当事者間の主張の相違があること等を理由として、損害賠償債務不存在確認訴訟の確認の利益につき、損害額に争いがあるだけでは足りず、損害額についての主張の違いを解消すべく当事者が誠意をもって協議を尽くしたがなお示談が成立しない事情、あるいは、加害者の誠意をもって協議に応ずることのできない被害者側の事情等を主張立証しない限り、確認の利益を肯定することはできないとするのであるが、このような立場は根拠のあるものとは考えられず、これを支持することができない。

三もっとも、交通事故による損害賠償債務の不存在確認の訴えが、その必要性につき問題があって確認の利益がないとされる場合があり得ることは否定できない。例えば被害者の症状が未だ固定していない場合には、損害が更に拡大する余地があるから、被害者の側でもその間は訴訟の提起を差し控える理由ないし利益があり、一方、加害者の側から債務不存在確認の訴えを提起しても、これにより紛争が一挙に解決するとはいえず、このような観点から、その必要性ないし利益が問題とされることはあり得ると考えられる。また、被害者からは何らの請求さえされていない場合、あるいは当事者間で誠意ある解決を目指して協議、折衝が続けられていて、その続行、解決を妨げる何らの事由もない場合等に、加害者の側から一方的に債務不存在確認の訴えを提起したときは、このような訴えに応訴せざるを得ない(多くの場合はその準備がない)被害者の不利益にかんがみ、先制攻撃的に訴えを濫用するものとして確認の必要性ないし利益を否定する立場もあり得るところである。

しかし、右の前者の場合であっても、症状が固定していないとの被害者の言い分が果してそのとおりであるか加害者の側で正確に把握することができないため、訴訟外での折衝の成り行きに任せたままでは、加害者の側として本来正当とされる解決の範囲を超えて不当に多額の損害の賠償を強いられるおそれがあるということもあり得ないではなく、このような場合には、被害者の側で訴訟を提起しないのであれば、加害者の側に訴訟の場で損害を確定することについて必要性ないし利益があるというべきであり、加害者から債務不存在確認の訴えを提起したときに、これにつき確認の利益を否定することは困難である。また、右の後者の場合にあっても、加害者の側から債務不存在確認の訴えを提起するについては何らかの理由があるのが普通であるから、先制攻撃的な濫訴として確認の利益を否定(あるいは請求を棄却)すべきものかどうか直ちには決し得ない場合が多いと考えられる。

四本件については、確認の利益を否定すべき事情のあることが控訴人らの主張自体から明らかであるということはできず、かえって前記のように、控訴人らは被控訴人との間で円満解決を目指して交渉をしてきたが、被控訴人は控訴人らに対し本件事故による損害賠償請求債権が多額にある等と主張して全く応じようとしないというのである。したがって、審理の結果、右のような事情が認められ、一方、確認の利益を否定するような事実関係(被控訴人からの指摘があって審理の対象とされることとなろう。)の存することが認められない限り、本件につき確認の利益を肯定するのが相当である。

ところで、被控訴人は原審の第一回口頭弁論期日に出頭しなかったのであるが、当事者が口頭弁論期日に欠席する理由はいろいろ考えられるから、被控訴人が期日に出頭しなかったことから、直ちに、確認の利益の基礎をなす紛争が存在しないものと即断するのは相当ではない。かえって民事訴訟法一四〇条により、被控訴人は、当事者間に損害についての争いがあることをも含め、控訴人らの主張事実を明らかに争わないものとしてこれを自白したものとみなす余地があったといわなければならない。

五なお、控訴人らは原審において平成四年二月二一日付の準備書面(同年二月四日受付)を提出し、本件訴訟提起に至る経過を詳細に主張しており、これによれば控訴人らの側から債務不存在確認訴訟を提起しなければならない必要性は十分に主張されているとみられる。しかし、右準備書面の副本は原審の第一回口頭弁論期日である平成四年二月二一日までに被控訴人に送達されておらず、同期日においては、控訴人ら訴訟代理人が右準備書面については陳述は不要であると述べて、これを陳述しないまま弁論終結となったことが記録上明らかである。また、控訴人らは原裁判所に甲第一ないし第六号証の正、副本を提出し、その副本は訴状とともに被控訴人に送達されていたが、原審は第一回口頭弁論期日においてこれにつき証拠の申出をさせず取調べをしないまま終結したことが記録上明らかである。

ところが、原審は、控訴人らが確認の利益に該当する具体的事情に関する主張立証を行わないということを理由に、確認の利益を否定し本件訴えを却下している。原審のこのような措置は、問題のあるものといわなければならない。

すなわち、仮に控訴人ら訴訟代理人が自ら進んで、右準備書面を陳述する必要はないと述べたとしても、原審が、確認の利益につき自白を擬制するのが相当でないと考え、しかも確認の利益の有無によって本件訴訟の帰趨を決するとの審理方針であったのであれば、原審としては、この点を明示的に釈明するか、少なくとも問題の在りかを示唆した上、続行期日を指定し、その間に右準備書面の副本を被控訴人に送達しておき、続行期日にこれを陳述させ、提出された書証の取調べを行い、更に必要に応じて立証を補充させる等の配慮をするのが相当であった。原審が右のような釈明ない示唆をすれば、控訴人ら訴訟代理人が右準備書面の陳述は不要であると述べるなどということはおよそあり得なかったことと考えられるのである。

六以上のとおりであって、原審が本件につき確認の利益に該当する具体的な事情の主張立証がないとして訴えを却下したのは違法であり、原判決は取消しを免れない。

よって、原判決を取り消し、更に審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹宗朝子 裁判官 新村正人 裁判官 齋藤隆)

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